4月3日 水曜日 ゆき -3℃ ~ 4℃ 通算399℃
そろそろ入学式もたけなわな昨日今日なのですが冬に戻ってます。
新一年生の定番、紺のブレザーに半ズボン、白い長靴下では寒いでしょう。
この地の小学校は明日が入学始業式。
それが下の写真のように雪景色。
ジャンバー姿の冬支度で臨まなくては風邪を引きます。

4月3日 水曜日 ゆき -3℃ ~ 4℃ 通算399℃
そろそろ入学式もたけなわな昨日今日なのですが冬に戻ってます。
新一年生の定番、紺のブレザーに半ズボン、白い長靴下では寒いでしょう。
この地の小学校は明日が入学始業式。
それが下の写真のように雪景色。
ジャンバー姿の冬支度で臨まなくては風邪を引きます。

4月2日 火曜日 はれ -3.5℃ ~ 4℃
新元号も決まりましたところで残る気にかかる事柄は花見でしょう。
すでに東京の桜の名所は満開だとか、いいですね。
私のところはここ数日毎日雪がチラついて・・
午前は晴れてたのに夕方から雪。
それもいい降りをしてます。
まだまだ寒波は引き上げてくれません。
気の早いカエルは穴から這い出していたのに・・どうしてるんでしょうか?
そこで長野県北部の桜開花予想をしてみましょう。
その元になるのは気温の累積。
2月3日節分からの気温を合計してみましょう。
2月の25日間で111℃、 3月の31日間で284℃。
合計395℃となって600℃まで残り205℃。
平均気温が10℃になればあと20日ほどで咲くはず。
私的観測ですが4月23日に飯綱町古町の染井吉野は開花しますよ。
4月1日 月曜日 くもり -2℃ ~ 4℃
年号が発表になりましたねー
令和だそうです。
万葉集から引いたと聞きました。
平成のときもそうでしたが慣れるまで時間がかかるでしょう。
それにしても「令」ですか!
この漢字をみて一番に思い出す熟語は法令や命令じゃありませんか?
とても元号にふさわしい漢字とはおもえません。
それが証拠に一度も使われたことのない字なんだそうです。
「和」はいままで20回も使われているそうです。
万葉集に使われた令和はとてもいい意味に使われてるそうですが漢字も生き物。
1300年の間に上から目線ぽく変わってしまったんじゃありませんか。
2019年5月1日から令和元年が始まります。
3月31日 日曜日 はれ 3℃ ~ 14℃
平成30年度最後となりました、なんていうと・・ちょっと待て元号の変わるのは一月先だぞ!の意見がでるのはわかってます。
あすは新元号の発表。
で、とても心配してるのがどんな2文字が発表になるかです。
このごろの忖度流行りで 秘密裏に決められちゃう元号に「安」の漢字が入ってるんじゃないかって皆心配してるんです。
わたくし的にはもう一つ心配があって年齢の数え方。
平成にかわっただけで随分と不自由になりました。
これが次の元号になってしまえば血の巡りの悪くなった頭では計算不能。
この点西暦は合理的、引き算一回で年齢計算ができちゃう。
何のかんのと言っても明日の発表が楽しみです。
3月30日 土曜日 くもり -2℃ ~ 13℃
きょうは我が家から歩いて10分ほどのところに在る稲荷社のお祀りです。
わたくしも昨年から講に参加させていただいております。
稲荷信仰はもともと農業の神。
米を食べ荒らすネズミを駆逐するキツネがお社の前で番をしているのが一般的。
そんな神様のところにネズミ年の私が参っていいのか?という疑問は消えないのであります。
が、地域の方がいままで綿々と続けてきた稲荷社のお祀りです。
なるべく門番のキツネと目を合わせないよう参拝してまいりました。
講元の御宅で直会、20人が一堂に集まって酒宴。
ほんとうはこれが目的、ありがたく頂いてまいりました。
3月29日 金曜日 くもり -5℃ ~ 7℃
萩原健司さんが亡くなったとカーラジオが伝えていました。
帰ってネットで萩原健司で引いたらスキー選手がヒット。
萩原健一さんの間違いでした。
享年68歳といいますからまだまだ若い。
さて、その享年の数え方 彼の場合1950年生まれですから69歳になるのでは?
そう思って再度ネットで引いたら今時は満年齢を享年とすることもあるとあって納得。
ラジオでは一日グループサウンズの歌が流れていました。
死んでから思い出として流すのではなく 病床にあるうち元気づけに流せばどうよ!って思った次第です。
3月28日 木曜日 ゆき~くもり -0.5℃ ~ 6℃
スギ花粉が大量に飛んでます。
昨日の強風時 空が黄ばんで見えるほど杉の木が子種をばらまいてました。
わが家の周りでも杉の雄花が赤く色づいて触れなば落ちん状態。
何やらいろめいた想像をしそうな言葉使いになってますが現実はその通り。
世の中に花粉症患者がどのくらいいるのか想像もできませんが我が家は3割が花粉症。
わが父はすでに他界してますが80歳で花粉症に罹患の経歴をもってました。
同じ血を引く私 今は平気でも10年後どうなっているか?
なんて心配するより生きているかどうかの心配が先でした。



これが花粉製造機の雄花、遠くからみると赤く見えます。
3月27日 水曜日 くもり -2.5℃ ~ 13.5℃
忙しいことって集中することありませんか?
今日午前中東に飛んで西に飛んで・・ここまでは昨日の内に予定入れておいたんです。
で、帰ってきたら東方面から電話があって寸法取りに飛んで。
で、東にいるうちに西方面から設備修理の電話があって西に飛んで。
やっと帰ったら北から電話。
それでも田舎ですから10kmや20km離れていてもそんなに時間はかからない。
でも東の2件と西の2件がまとまっていれば随分楽になったはず。
東奔西走の一日でした。
3月26日 火曜日 はれ -2.5℃ ~ 13℃
遠く志賀の山々も少しずつ青さが増してきました。
春の前兆です。
今朝の新聞に皇太子ご一家が長野駅に降り立ったと出ていました。
行く先は多分奥志賀のグランドフェニックス。
一家でスキーを楽しまれるのでしょう。
平成最後の旅行になるのでしょうか?
いずれにしてもご一家がここを訪れるのはこれが最後。
天皇に即位されればもうグランドフェニックスを訪れることもないのでは。
奥志賀はまだ2m近い雪、3人で思う存分楽しんでいただきたいものです。

3月25日 月曜日 はれ -6℃ ~ 11℃
飯綱町と長野市の堺にある小さな山に髻山(もとどりやま)があります。
標高744mの低い山で戦国時代に上杉謙信が築いた山城がありました。
名前の由来は上杉謙信がこの山で髻を切り落として埋めたとまことしやかに地元に伝わっております。
わたくしも小学校の遠足でこの山に登ったことがあってそれなりに馴染みのある山。
地面がもっこりと盛り上がったような山容が特徴なんですが その成因が火山だったなんて知りませんでした。
20万年前に活動していた妙高火山群の一つで単成火山の溶岩ドームなんだそうです。
今回 ふもとでボーリングすることになって知ったふる里のお話です。

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