飯綱町の放射性物質をかんがえる 3
別荘地は今も住んでおられる方と別荘で使っている方と8軒あります。問題の物質は道路から百数十メートル中に入った林の中に鉄板製の物置に入れてあります。その周りを進入禁止のトラロープで囲ってあるだけの簡単なもので新聞でおおさわぎするにはあまりに管理が心細いものでした。個人の所有物なのでこれ以上の管理はむずかしいのか、それともおおさわぎするほどの害はないのか?いずれにしても早い決着が待たれます。次回はこの別荘地の水道を考えてみたいと思います。
別荘地は今も住んでおられる方と別荘で使っている方と8軒あります。問題の物質は道路から百数十メートル中に入った林の中に鉄板製の物置に入れてあります。その周りを進入禁止のトラロープで囲ってあるだけの簡単なもので新聞でおおさわぎするにはあまりに管理が心細いものでした。個人の所有物なのでこれ以上の管理はむずかしいのか、それともおおさわぎするほどの害はないのか?いずれにしても早い決着が待たれます。次回はこの別荘地の水道を考えてみたいと思います。
オートライフという会社はもともと空気清浄機を作っていた会社であったと思います。そのほかにラドン温泉の設備も手がけていて例のエボナイトはこの清浄機や温泉で使う材料でした。別荘地は一次分譲がすべて完売し別荘もすこしずつ建ちはじめ順調にスタートしたかに見えました。管理人が常駐する牟礼では数少ない別荘地でした。会社がいきずまり倒産したのはそれからわずか後のこと、管理人さんも引き上げ管理棟はその後の豪雪で倒壊、ゴーストタウンの様相を呈した別荘地になってしまいました。その何年か後オートライフのA社長が放射性のあるものを自宅でもっていて逮捕されたと新聞で報道されました。あの時は数百キロと言われたと思いますので今回の数トンとは違うものかもしれませんが、あの時もっと調査をされていれば今回の問題は起きなかったと思われます。いずれにしましても目に見えないが有害であるとなると不安ではあります。一時電磁波の有害性が随分言われておりましたがこの頃はこの記事もあまり見当たりません。決着はついたのでしょうか?同じように今回の事件も有害であるならどの位有害なのかの説明が欲しいものです。またどうすれば無害にできるかの知恵も教えて欲しいものです。
もう古い話なので時間経過は定かではありませんが、田中角栄氏が日本列島改造論を声だかにかかげ首相になったときのこと、飯綱町の前身牟礼村でも別荘地の開発が盛んに行われました。そのなかで民間デベロッパーのオートライフと言う会社が開発したのが今回の置き去り放射能の別荘地です。場所は横手区から霊仙寺湖に行く途中の別荘地で別荘や住宅が7~8戸散在しています。当時横手区の方々の別荘地開発反対で何回も話し合いをもったと思います。どのような約束で開発できたのか知りませんが別荘地は完成し山の中に舗装道路ができ小さいながらもプールやヘリポート予定地などもできていました。土木工事は長野市の丸金建設が行い別荘はフジコシミサワホームが請け負っていました。区画数は数百あったと思います。その後首相の逮捕や一次石油ショックなどで別荘のブームが去ってしまうと山奥の名もない別荘地では新規の建設工事などもなくやがてオートライフ社も倒産してしまいました。
わたくしの座っている席から志賀高原 横手山などがよく見える。時々あの裏側が気になって地図を見る。横手山の裏は群馬県 志賀高原の裏は新潟県 などと考えていたら信濃の国を思い出した。長野県人の9割が歌えるあの信濃の国である。♪♪信濃の国は十州に境つらぬる国にして♪ のくだりで県境を数えると越後(新潟) 越中(富山) 美濃(岐阜) 三河(愛知) 駿河(静岡) 甲斐(山梨) 武蔵(埼玉) 上野(群馬)の八州 が現代の地図上の境の連なる県 昔の地図ではこの他に静岡に遠江(とおとうみ) 岐阜に飛騨があって十州になるそうです。
わたくしの乗っている車はいすずのビックホーンでセカンドハンド車です。前の持ち主の方が山荘をつくりそこに通ってくるのに4WDの車がよかろうと乗ったのですが、車高がありお母さんの乗り降りに不便でわたくしのところにまわってきました。距離2.5万kmぐらいでとても安くゆずっていただきその後便利に使っております。平成12年2月の初年度登録ですからちょうど満9年になります。走行距離は29万kmになってしまいました。何度か乗り換える話もあったのですが調子がいいのでそのまま乗っています。いすずのエンジンは丈夫です、あと何万キロ走れるかやってみたいと思うのですが、次第に古い車は居場所がなくなってきています。20年使ったトラックは車屋さんからこれ以上はカンベンしてくれと修理を断られてしまいました。古いものを使い続けた方が良いのか、最新型に買い換えたほうが良いのか考え中です。
田舎に住んでいながら似非田舎人となってしまっている自分に対し、都会から移り住んで原住民以上に田舎に適応して自給生活をしている方がいる。飯綱の山麓に農地を求めログハウスを建て奥さんと2人で麦をつくり自然酵母のパンを焼きニワトリをかってたまごをとり野菜はもちろん豆から味噌やしょう油まで自家製、肉は猪 熊 鹿 うさぎ 鴨などで間に合わせ飲み水は井戸と徹底している。我が家の自給の現況はしいたけがようやく食べれるようになってきた程度で食料自給率は限りなくゼロに近い。広い農地もあるのに荒らしてある、少しずつ手をいれて自給率をあげていこう。
少雪の今年は、雪解けのない春をむかえています。例年ならまだまだ雪解けには早く、かんじき(日中気温があがって表面の雪が溶け夜冷え込んで凍り、雪の上を歩ける)ができる頃です。雪国では季節の移ろいがはっきりしています。雪がとけて春になり、雪の下には草の芽が準備されています。それが今年は感じられません。春を待つワクワク感がありません。なにか味気のない春を迎えようとしています。
去年の11月にもらわれてきた甲斐犬がずいぶん大きく育っています。体長(尾の付け根から鼻先)55cm体高43cm体重10kg 10月生まれですのであとどのくらい大きくなるのかわかりません。もともとが猟犬とのことです。しつけや芸当はいつごろまでに教えなければいけないのか?いまのところ‘おすわり”と‘まて”ができますし犬笛で帰ってくるようになりました。そのほかボールを投げるとひろってもってきます。失敗してしかられると机の下にかくれて嵐の過ぎるのをまっています。できれば熊やいのししをとってくるような犬にしたいのですが無理でしょうかね?
私の家にめだかの水槽が2つあります。ひとつは古いコンクリート製で90x90x90cmのものと、もうひとつは解体現場からでたポリバスで75x65x55cmでいずれも土中に埋め込んであります。めだかはおととしの夏に知人からいただいたもので300匹位まで増えたのですが、去年越冬に失敗して5匹まで減ってしまいました。今度は越冬に失敗しないようにと上記の土中に埋めた水槽で飼育をはじめ400匹くらいまで増えて越冬、今にいたっています。今年は暖冬で積雪が少なくめだかが冬眠からさめたのが2月10日前後、暖かい日には水面にあがってきて日向ぼっこをしています。ここで不思議なのがコンクリートの水槽は皆元気なのにポリバスは全滅しているようなのです。化学で出来たものがいけなかったのか、であれば化学の断熱材で魔法瓶のように家をくれんでしまうのは体に悪いんじゃないかなー?人は大きいからすぐには反応が出ないが何代かにわたればどうなっているか?暖かくなったら原因を確かめてみようと思っています。
毎日手にしている木が自分より何倍も先輩であり、その木を育てる作業に全くかかわっておらず、それでいながらいい木だ良くない木だと使う側だけの価値観で見てしまっていることに時々反省しています。3月19日は山の神のお祭りをする日です。原始宗教の名残か社などなく山そのものがご神体で山仕事や、木を生業とする人たちが感謝と無事故を願ってお祭りします。
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