2014年1月3日

あと362日

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 12:15 PM

正月も3日ともなると流石に退屈してきました。 朝からストーブを焚いて火の前で手持ち無沙汰な欠伸ばっかり。

誰か遊びに来ねえかなー 若い奴らは未だ寝ていやがる。 たたき起こして花札でも引こうかな。昨夜若い者同士で1点10円の賭けをして盛り上がっていたからなー もう親父と賭ける金もねえか。

さて、 昨日の続き初夢の話、 初夢はみましたか? 夢は五臓の疲れなんて言いまして見たことを覚えていればたいしたもんでまだまだ若い、歳をすると疲れ切っちゃって夢をみる間もなく眠ってしまうのが本当のところ。

そんなことで今年もまた初夢は見ることも無く3日目の朝を迎えるに至っております。富士子さんも たかこさんも出てはきませんでした。

出てきたのは壁の隙間からカメムシが這い出たばかり、そこで一句 「夢じゃない 鷹の代わりに カメムシが飛ぶ」 なんてね! 吉凶判断で今年1年どうなりますか楽しみです。

2014年1月2日

初夢

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:33 PM

二日は初夢、初荷、書初め、等々 何事も初の付く事が多くございます。

昔、初夢は一年を占う上で大事にしたようで枕の下へ宝船を入れて寝たんだとか。 いい夢も決めてあって 一 富士 二 鷹 三 なすびなんて言いますよね。 静岡山梨の方なら富士の夢も有りかな、動物園の飼育員なら鷹の夢も有りかな、農家なら茄子の夢も有りかな・・・・だけど一般人が富士 鷹 茄子なんて夢ふつう見ます?この歳になると夢をみたのか見なかったのか覚えていないもんでもしかしたら見ているんかもしれませんけどね。

どうせ見るならもっといい夢みましょう。 一 ふじはふじでも山本富士子、二 たかはたかでも松たかこ、 三 なすはなすでも那須洋子なんてどうです。 新旧入り混じってますが山や鳥や野菜の夢よりみがいがある 初夢に相応しいものになること請け合いであります。

2014年1月1日

謹賀新年

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:53 PM

あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 というわけで 平成26年、西暦2014年も何事もなく無事に明け筝曲春の海を聞きながらお正月を満喫しております。

一年の計は元旦にあり一日の計は朝にありなんて申しますんで何とか今年一年の計画をと思うのでありますが一日から頭を使うのが面倒でそのまんまになっております。

只、年寄りからの言い伝えで一日はお金を使ってはいけない日。で、我が家も教えを守ってこの日ばかりは外出禁止で家の中で全てを賄っております。

さて、 私のパソコンでいちねんのけいと入れると 一年の刑と 変換されて出てきました・・・ということで 無事365日過ごせますよう願っています。

2013年12月31日

大晦日

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 11:31 PM

黒い花びらに誓って誰よりも君を愛す。 君恋し いつでも夢をみていますと口説いて結婚したんです こんにちは赤ちゃん産まれたけれど産後の肥立ちが悪く 愛と死をみつめながら妻は死す 忘れるために柔を始めて 霧氷の中をランニング ブルーシャトーのある丘で天使の誘惑聞こえてきた いいじゃないの幸せならばと聞こえてきた。 やっと見つけて会えたらば今日でお別れ また逢う日までだって。

あきらめて戻ってみれば喝采が夜空のきれいな襟裳岬から聞こえてきたシクラメンのかおりのする北の宿から出てみれば勝手にしやがれと捨て台詞を残して男がUFOに乗って天の川 天女に会って魅せられて雨の慕情のあるうちにルビーの指輪を北酒場でプレゼント。矢切の渡しで向う岸に着いたらば 長良川艶歌が聞こえてきた。

いよいよ大晦日、昭和59年までのレコード大賞を順を追って入れてみましたが このあとアルファベットの並んだ曲名になり断念。 今年最後の役立たずブログでございました。

この一年間皆様方には一方ならぬお世話になり本当にありがとうございました。

どうか良いお年をお迎えください。

2013年12月30日

晦日

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:24 PM

いよいよお歳とり、一年の決算時であります。 分厚く積まれた請求書は仕事が忙しかった証拠、用意万端調えて掛取りの来るのを待つばかり。

と言うことで、昔の年の暮れの川柳や狂歌はいっぱいありますのでその一部を紹介します。

「大晦日 首でも取って 来る気なり。」  「大晦日 首でよければ やる気なり。」 「百が味噌 二百が薪(たきぎ) 二朱が米 一分ですごす年の暮れかな。」  「酒飲めば いつか心も春めいて 借金取りも うぐいすの声。」 なんてね!

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2013年12月29日

あと2日

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:57 PM

朝5時の気温がこの冬初めて二桁のマイナス10度でした。 マイナスも二桁になると雪がまとまらなくなって長靴の下でキュッキュッって音になります。

空は晴れ上がって、午前3時ころに出た細い月がいまだ東の空に光っていました。

「寒い寒い! 天気予報が何と言おうと、今日は晴れるぞ絶対に」 と、永年の勘と、鼻毛の霜の付き方からの素人予報。

さて結果 お天気姉さんは大雪注意報を出しっぱなしの垂れ流し状態でしたが見事なハズレ、雪の影さえ見えませんでした。

おかげさまで、悪天のため遅れに遅れた現場が何とか組み上がりホッとしたところです。

大雪は豊作の兆しなのは良くわかっています。が、そうとばかり言っていられないのがこちらの立場。

そんな窮状を救ってくれるのが、たまーーに顔を出してくれるお天道様、やはりお天道様はありがたい。

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2013年12月28日

冬型の気圧配置が続きます。

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:26 PM

今年最後の建前を上越は吉川町でやっております。 ところがここにきて天気が悪く、昨日は雨今日は暴風といずれも作業のできない状態で中途で引き返しです。

どうやら冬型の気圧配置とやらが邪魔をするようで、山手は雪 海岸線に近い平野部は風と雨が働く青年諸君を苦しめております。

こんなとき私がモーゼのような力を持っていれば、両手を天にかざして雨雲を割り、日の光が降りそそぐ劇的な場面でログハウスの組み立てが出来ようというもの!

残念ながらモーゼなんて言うもんじゃないモウセンゴケほどの力もない私にできることは、両手をかざして自分の顔にあたる雨つぶを防ぐだけで精一杯、なんとも非力な親方で申し訳ねえ。

こんな日は早く帰って熱燗で一杯が冬の活力源、 明日への力を蓄えて天気が回復すれば一気に仕上げてご覧にいれます。

そんなわけで今日の所はこれでおやすみなさい。

2013年12月27日

日本を救国する。

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 5:58 PM

官公庁は今日が御用納め、今回の年末年始休業は土曜日から次の日曜日まで9日間の長期休みになります。

普通だと6日間、3日も多いんですから大いに遊んでお金を使いましょう。 とにかく今の日本の経済はお金を使わないからいけなくなっているんで、通帳の残高がいくら多くなっても経済の成長には全く役立たずであります。

反対に金融筋に国債を買われてますます国の借金を増やすだけ、今や国民一人当たり850万の借金をしたことになってるんですよ。

どうです、こんな使われ方をされるなら自分の思うところに使ったほうがいいんじゃありませんかってんだ。

しかもですよ、もし日本経済が立ち行かなくなって超インフレになってごらんなさい、貯金通帳に残したお金なんぞ木の葉のようなもんです。

そんなことになる前にお金を使って経済を活性化させましょう。 天下の通用金を通帳に残して死に金にしないで生かして使いましょう。

私なんぞ3億円が当たれば一晩でみんな使ってみせますぞ。

以上、通帳残高5ケタ以上は残さないで日本経済に貢献している年金生活者の転生人後(天声人語)投稿でした。

2013年12月26日

年忘れのころ

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:39 AM

押しつまりました、残すところ片手で数えられるようになって何かと気忙しい日が続きます。

気忙しすぎて一日書くことを忘れてしまいました。気が付けば二日分を書かなくてはならない状態に! ただでさえ健忘菌が脳内を汚染していて物忘れが激しい年頃です。 一日前のことでも思い出すのは至難の業、そうかと思えば50年も前の高校生のころのマドンナ千代ちゃんのことは覚えているといった難しい言葉で言うと遠隔記憶力はあるんです。

うれしい事と嫌な事のどちらを長期間覚えているかと言うとそれはうれしい事、嫌な事をいついまでも覚えていては病気になっちまいます。 その為に忘れる機能が付いているんですから大いに使わなくてはもったいない。

ところが年齢とともにどちらも忘れるようになり・・・というより嫌も嬉しいも感受性が乏しくなってどうでも良くなって覚える必要が無いと脳が判断するんじゃないかな。

長野県は日本一長寿の所です。 長寿の秘訣はくよくよしないこと! くよくよしてしまうのはみんな覚えているからいけないんで早く忘れるに限ります。

長野県は日本一忘れん坊の多い県なんです。

2013年12月25日

きょうが x-mas

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:10 PM

よい子の皆さん、枕元にサンタさんがプレゼントを置いていきましたか? 望みのものが入っていましたか?

いつからこのような風習が日本にできたのか、調べてみたら随分古く、明治時代後半には都会でサンタクロースが闊歩していたようです。

わが田舎では昭和30年代半ばにタバコ屋さんのショーウインドーに小さなイルミネーションのツリーが飾られたのを思い出します。家でケーキを食するようになったのもこのころではなかったかと思うのであります。ですからプレゼントなんてえものは、まず無かったですな。

時代は変わって 自分の子供となるとそうも言っていられなくなり、菓子入りの赤い長靴を枕元に置いておくくらいはやった覚えがあります が 今となってはクリスマスのプレゼントを欲しがる子供も居らず静かなもんです。

枕もと おれの靴下 吊ってある。 なんてね! かわいいもんでしたよ、 それがどうです、20年も経てば一人ででかくなったような顔をして。

まあ、それでいいんですな、未だにプレゼントを欲しがったら困りもんです。 そんなのは連れ合いだけで沢山だと思う今日この頃でありました。

二日続けてのクリスマス話で御免下さい。

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