2012年12月23日

一日早いクリスマスイブ

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:41 AM

キリスト教の何たるかも知らないで、いきなり本物のクリスマスの集まりにおよばれしてきました。

キリスト教の敬虔な信者であった知人が、この11月に亡くなりお葬式にも顔を出して無かったのでいい機会だと出席させてもらったのです。

クリスマスの歌(これが讃美歌というのかしら?)をみんなで合唱、その後牧師さんのお説教が1時間。子供たちの寸劇があったりと3時間があっという間に過ぎていきました。

食事会は皆さん手作りのご馳走が並び、食べたことの無い家庭料理がいっぱいあってこれだけでも来た甲斐があろうというもの。

1日早いクリスマスでしたが皆さんと一緒に過ごせた楽しいひと時でした。

2012年12月22日

土産の落花生

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 9:55 PM

今日は千葉県の八街市産の落花生をお土産にいただきましたが八街と書いてヤチマタと読める人は そうはいないんじゃないかな。

あなたは読めますか?  読める・・・・・あーそうですか、私は全く読めませんでした。ヤツマチ?ハチガイ?なんて大きなマチガイでした。

落花生と言えば千葉産 が7割をしめているんだそうでその一大産地がこの八街なんだそうです。パソコンでもyatimataと入れれば八街と表示されるんですから知らなかったのは私だけかもしれません。

私のパソコンはここの町名イイヅナと入れれば飯縄と表示されて飯綱とはでてきません。大変不便です。もっと困ったことは町の行政が使っているiizunaなどと打ち込めば飯砂になってしまい 全然違ったものに変換されます どうしましょ。

千葉半立を自然乾燥し煎ってつくった落花生と書いてあります。おいしい落花生でしたが またまた半立は何と読めばいいんですかね? お土産にいただいた落花生で こんな話題まで提供してもらえれば言うことなしです。ごちそう様でした。

2012年12月21日

冬至カボチャ

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 8:50 PM

ついに冬至となりました。冬本番はまだまだこれからということは解っていますが、何やら心浮き立つ日であります。   そう、あすから少しずつ ほんの少しずつ日が長くなっていくんです。

夕4時半には自動点灯し朝7時過ぎにも点いたままの街灯が夜の長さを象徴しています。それが明日からは日増しに太陽が元気になって昇り調子に転じる分岐点が今日でございます。

冬至の夜はゆず湯に入るなんて風習は私の貧しい田舎ではありませなんだ、が カボチャは出てきましたね。砂糖醤油で甘辛く煮つけたカボチャが寒い台所で湯気をあげていましたっけ。

そんな思い出に浸っていたとき、義母がカボチャの煮つけを作ってくれました。 さあカボチャを食べて元気に冬を乗り切りましょう。

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2012年12月20日

年も押し詰まってしまいました。

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:28 PM

鬼の霍乱などと書いて熱が下がってから誰が鬼じゃいと思っているところです。

さて今年も余すところ10日ほどになってしまいました。皆様思い残すことはございませんでしょうか?大体今頃になってジタバタしているようでは大物にはなれません。そんなことを言ってお前はいったいどうなんだ!と言われそうですが私は自称大物です。大物はジタバタせずに覚悟を決めるだけです。あれもこれも間に合わないことだらけで今更どうしようもないとあきらめの境地です。大物はあきらめとやけっぱちの同意語に成り下がってしまいました。

年末のあわただしい中、大物になれない皆様の胸中をお察し申し上げこころからお見舞い申し上げます。

ネコの手で間に合うような暮れじゃない! なんてのは如何。

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年の瀬の忙しい中、丸太の配達をしてもらいました。

2012年12月19日

鬼の霍乱とは

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 3:39 PM

何から誰からもらったのか判然としませんが、今はやりの風邪が私の体に巣食って暴れまわっています。

NHKのラジオ番組でヨーデルを教えていました。私も調子に乗って声を裏返させて見たもんです。翌朝 喉が痛くて昨日のヨーデルが祟ったのかと思いスプレーで手当したきりそのままにしておきました。

そして今朝、喉痛、頭痛、熱がからんだ節々の痛みなどなど、明らかな風邪の症状で立っていられない程の重症。 そこで三十年来ご厄介になっている先生のところに転がり込んで診ていただきました。

熱36.4度(家で計ったときは37.7度) 異常なしと鼻で笑われてしまいました。血圧80の130でこれも大変良いそうです。かなり美人の看護師さんだったのですが上がることは無かったです。

只喉が真っ赤になっていて白血球が異常にたかくなっているようです。

トローチと数種類の薬をいただき帰ってきましたが血液を採取して肝機能を検査してくれるそうです。結果は明日出ます。

2012年12月18日

小型トラック

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:00 AM

除雪機が大型になって軽トラでは運べなくなり、小型トラックを探していましたが、ようやく見つかり車検をとることができました。

新車で考えたときもあったのですが、納車に2か月かかるといわれ没に。

そこで中古車を探し始めたんですが高い!とんでもなく高いですよ。  新車で150万ほどのタウンエースが15年落ち検無しでも50万もします。玉が少ないんだと業者は言っていましたが確かに街を走っても乗用車ばかりで、働く車の少ないことに気が付きました。

これって今の日本の現状を表していると思いませんか?経済が元気ならもっとトラック類が走ってもいいはずなんて思ったものです。

知り合いの電気やさんが使っていた小型トラックを回してくれ今日車検がとれました。これで大雪になっても除雪機をおんぶしてどこでも行くことができます。

どうぞ来村の節、大雪で困ったら一声かけてください。おんぶトラックで参上いたします。

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2012年12月17日

選挙はどうでしたか?

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:29 AM

選挙も終わり結果がでました。まあまあ あんなもんでしょう。

誰がやっても変わり映えしないなんて褪めた目で見ている人の多いこと多いこと。

さて、そこで私が当選してうまく立ち回って総理になったとします。そこで就任演説でデカンショ計画を発表。所得半減休日倍増計画です。週3.5日は休んで3.5日は働くことになります。

これで日本は年中無休の セブンイレブン状態で製造業はいっぺんに世界の工場に返り咲きです。

所得は半減しても明日の仕事は必ずあります。宵越しの金は持たないで遊んで使っちゃいましょう。これで経済をおおいに盛り上げます。

休日が倍になったので農業などの一次産業を趣味にする人も増え荒廃地は無くなりいいこと尽くめ。こんな大風呂敷を広げてくれる政治家は私一人でしょうか?

あべ君 君もついてきたまえ。

2012年12月16日

仮名手本忠臣蔵。

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:50 AM

先日、交差点で対向から来た救急車が赤色灯をつけて右折しようとしていました。  私は直進でそのまま突っ込んで行き、かなり近づいてからサイレンの音が聞こえたのです。  風向きのせいか、右折しかかっていた救急車のサイレン音の聞こえるのが遅く、救急車を待たせたまま私は交差点を通り過ぎていました。

交通法規違反です。 それ以上に一分一秒を争う急病人を待たせてしまいました。

これは普段緊急車両が赤色灯を点滅させて走ることがあるため本当の緊急時を判断するのにサイレン音で判断するようになってしまったのです。  やはり緊急車両の赤色灯は緊急時のみ点灯したほうがいいと思う次第であります。

今日は赤穂浪士の討ち入り日です。  大石内蔵助が普段に酒色におぼれて仇討ちの素振りを見せず敵方を油断させて討ち入りした話は有名です。  反対に普段に赤色灯をつけていると本番の緊急時に役に立たないことになってしまいます。

と言うことで浪士討ち入りと赤色灯を無理やり繋げて落げといたします。

2012年12月15日

高島暦

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:50 AM

高島易断の暦が新聞の折り込みに入ってきました。来年の運勢はいかが とページをめくりそうになって止めました。

別に高島暦に恨みがあるわけではありませんが九つの星で日本の人口を割ってみれば1450万人が同じ星の運命をもっていることになります。ありえないでしょ!そんなこと。

それより顕著なのが311の地震で亡くなられた方々で、この時の方々が皆同じ星だというなら信用してもいいのですが それもありえないでしょ。

私の大大先輩の方が寺社などでのおみくじは引かない方がいい。凶などがでればそれに囚われてしまい、そっちに向かってしまう、なんて言っていました。

そんなわけで世間知らずの高枕で来年は過ごしましょう。

2012年12月13日

休講日

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:47 AM

「おはよう!」

「おはようございます。  あれ!先生 きょう何に来たの?」

「今日は授業無かったっけ?」

「やだなー今日は三者面談の日ですよ」

というわけで休講の日も登校する熱心な先生をやらせていただいとります。教える科目は生活工芸で木工を少々。

只今 切り出しナイフで彫刻を教え始めていますが この頃の子供たちのナイフの使い方は不思議ですよ。たとえば細い木を削るとき ナイフを左手の親指で押さないんです。手首のスナップと腕の力で 削るから抵抗が無くなると刃を振り回すようになってしまう、危ないことこの上ない使い方です。

私たちが初めて使う刃物は小学生時の鉛筆削りだった気がします。それは 肥後の神であったり使い古しの長刀型の剃刀でした。あの鉛筆を削る動作で刃を後ろから押して使うことを覚えたのです。

今は鉛筆を差し込めばきれいに削れてしまう、便利になったものです。ただ鉛筆を削れない子供を大量生産してしまうことまでは想定できなかったのでしょう。

この次はきちんと予定表をみて授業に行きます。そして鉛筆を削ってみましょう。

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