2014年3月14日

夏になれば思い出す。

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:04 AM

あと一週間で彼岸の中日、「暑さ寒さも彼岸まで」の彼岸です。 そうなれば雪の降る日も減るでしょうから今のうちに雪の漢字をおさらいしておきましょう。

雪の冠部の雨という字は天の下に点々を入れて天から落ちてくる”しずく”をあらわしました。

雪という字のヨはその昔は彗(ほうき)の字を入れたんだそうで箒で集められる雨=雪となったそうであります。

よく考えてありますね。 それでも箒で集められる程度の雪なら歓迎でありますが、我が村の雪は雨の下に固まりを書いて丁度いいってもんでしょう。 一晩に1mも積もったんですから。

18日は彼岸入り、信じられませんでしょうが50日後は立夏です。 暑い暑い夏がそこまできています。

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夏になれば思い出す

かじかむ手に 冷える足

吹雪の中に浮かび来る 枯れ木の影 けもの道

からまつに花が咲いている

真っ白に咲いている雪の木立、

しゃくどういろに黄昏る はるかな冬 暗い空。

2014年3月13日

拝啓 吉永さゆり様

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 5:52 AM

暖かい雨の木曜日になっておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか。 雪でないことがホッとするところであります。春は少しずつ、休むことなく近づいております。

さて、1945年の今日 女優 吉永さゆりさんが生まれたのであります。  御年69歳 永遠の清純派として今もなおサユリスト達の胸を焦してやまない存在であります。

ところで大人の休日倶楽部のCMをみると、この人は歳をとらないんじゃないか!なんて感じさせますよね。 秘密の術を知っている魔法使いか、宇宙人かもしれません。

明日はコマキストが誕生会を盛大にやるんでしょうか?サユリストでもコマキストでも無いエゴイストの私は貰ったチョコレートはそのまま頂きっぱなし、返す気などありません。

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戸隠奥社の鳥居、この奥の杉並木でさゆりさんが撮影しました。 鳥居は台輪が付いていません。

2014年3月12日

居酒屋 山頭火

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:17 AM

須坂駅前の山頭火で一杯飲んでまいりやした。

愚息の恩師(独身の美人先生)が転勤になるらしいということで、今度いつ会えるか知れないからって、元PTAの二夫婦で先生を囲んで一杯やりましょうってことになったんです。

7時、山頭火に到着してみると、どうしたことでしょう! 二夫婦の予定が相手の旦那さんが来れないってことで男は俺一人。 嫌んなっちゃう!

ということで、美しい女性二人と妻の合計3人、両手に花なんてもんじゃない、両手片足に花。

私の貧しい一生の内で こんな贅沢なひと時があっても撥はあたらないでしょう。

銚子が5本並んだところで9時半、 これ以上いただきますと 裸踊りもやりかねないほど元気になってしまいます。座は宴たけなわで残念でございましたが、引かれる後ろ髪もすでに無く、ここで年寄りの時間は終わりです。

皆様に別れを告げ、妻の運転で帰宅いたしました。 先生も赴任地で公私ともに頑張ってください。

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大町市の山から見た白馬連山

2014年3月11日

筑北村

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 5:53 AM

昭和の末に88あったのが今では35に減ってしまった県内の村数。 わたくしめも村人で生まれ村人で終わる予定であったのがいつのまにか町人になっておりました。

今では何々村と聞いたり見たりすると何となく懐かしく思えてくるから私は根っからの村人なんでしょう。

思えば昭和の大合併で高岡村から牟礼村にかわり、平成の大合併で牟礼村から飯綱町に変わったんですから三回変わったことになります。

そのたびに事務の効率化や行政の効率化を言っていたんですがどのくらいの効果があったのか誰にもわかりませーん。

町名は簡単な字のほうが有り難いでございますよ。 現町名の飯綱は牟礼に比べて画数が多く書類を書くのも大変なんですから。

と、そんな話は別にして国道19号の明科から上田に抜ける峠道を走りました。明科町は安曇野市に途中の四賀村は松本市に変わり峠の頂上で筑北村の看板に出会いました。

この筑北村は坂井村 本城村 坂北村が合併して尚村を名乗っているのであります。

この峠を越えると青木村、雪の国道143号をふらつきながら下りてまいります。

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峠を登り下りする1時間の間ですれ違った車は1台のみ。 雪の峠は誰も使わないようです。

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向うに見える道は筑北村役場から国道143に抜ける道

2014年3月10日

土倉の金山

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:44 PM

むかし、むかし 善光寺の西10里ほどの山あいに小さな村があった。 そこは裾花川の源流にほど近く、木曽義仲が越前に兵を進める時に戦勝祈願した場所でもあった。

この村に欲の深い貪欲ばあさんがおった。 名前をおまさばあさんと言った。

何をするにも金、金。 口にする言葉も最後にカネをつけてしゃべるほどであった。 そうかね!いいかね!くれるかね!

ある夜、ばあさんの岩だらけの山から金が出た夢をみた。 さあ、それからというもの 毎日毎日岩山を駆けずり回って金をさがし続けたそうな。  村人はばあさんが朝早くから夜遅くまで岩山を鍬で崩しているのを遠くから眺めておった。

そんなある日、ばあさんは鍬で崩した岩山にキラリ!と光るものを見つけた。 ばあさんは「これで おらあこの村一番の金持ちだ!」と、小躍りして喜んだ。

山を下りると今度は誰かに盗られてしまうんじゃないかと心配で心配で夜も眠れんようになってしまった。 ついにばあさんは金の出たところに小屋を建てて住み付いてしまったそうじゃ。

村の人は誰もが不思議がって どうしたのかを訪ねたが ばあさんは一切しゃべらなかった。

そのうちばあさんは病気になって死んでしまったそうな。 何年も経ってばあさんの建てた小屋がつぶれて下から金とおぼしき黄銅鉱が出てきて村人は全てを諒解したってもんだ。

それからこの山を誰ともなく土倉の金山と呼ぶようになったんだとさ。 (鬼無里村の奥の奥に土倉という集落があります。 この集落の昔話です。)

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ばあさんがクワで掘り崩したのが向うに見える山じゃ。

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ここは土倉っていう秘境であります。

2014年3月9日

ヒラタケはもっとうまいぞ!

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:37 AM

冬は鍋、あったかーい鍋でお銚子一本。鍋はやっぱり湯豆腐かな?

そういえばこの頃お豆腐屋さんが来ないぞ、週に二回は豆腐を車に積んで売り歩いているおじさんの姿が見えない、風邪でもひいたのかな、豆腐が無ければ湯豆腐というわけにはいかないぞ。 さて、どうしたもんだろう 。

そういえば今日の新聞に新しいキノコができたなんて記事があったっけ、天然キノコならそれだけで鍋が完成するほどの味がでるのに栽培キノコは見た目はいいが味が今一。

どうしてなんでしょうね? シイタケは栽培も天然もそれほど味は違わないのに、新種の交配キノコは味が無いと思うのは私だけでしょうか?

新種のキノコを研究してる皆さん、こんな味で満足しないで秋になったら天然キノコを採ってきて味比べをしたらどうでしょうか。

天然ものよりうまい!というキノコのできるのを楽しみにしています。

2014年3月8日

イオン オープン

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:58 AM

土曜日はやはり何か気が休まるというか 気の抜ける時間が多いと思うのであります。 それは、世間の半分くらいは動いていないからなんで 電話をしてもでない、掛かってもこない! というのをみてもわかるんです。

さて、そんなゆっくりとした気分のまま 長野市まで用足しに行きましたら SBC通りがやけに混雑しているではありませんか。

何度か信号待ちを繰り返し通り過ぎてわかりました。 数年前に閉店したジャスコが新築オープン、イオンタウンとして開店セールをしていたのであります。 警備員がいっぱい出て交通整理をしていましたよ。

一時は通りの名であった信越放送が長野市の中心市街地に引っ越してしまい、ジャスコも閉店でこの通りも閑散としてしまいましたが、SBCの跡地にヤマダ電機ができ、今回はジャスコ跡地にイオンが開店したことで以前にも増してこの通りが混雑するのではないでしょうかね。

しばらくの間、迂回するほうが無難かもしれません。

2014年3月7日

方言

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 6:45 AM

おめたほうでもつかうかえ?

という訳で今日は方言であります。  その地にいれば違和感なく 使いもするし 通じもするのが方言。 ところが一歩外に出て使えば 怪訝な顔で聞き直され ちょっと恥ずかしいのも方言。

さて、長野県は北信地方で使われているこの言葉 「おじょこ」 ってなーんだ?  おこじょはイタチ、おごじょは娘・・・・では無く おじょこですから間違えないように。

北信地方でも若い人は使わなくなってしまい 消えていく運命にある言葉です。

たとえば 父親がドラ息子に 「安給料取りがレクサスかい!おじょこってもんじゃねえか」 なんて使い方をします。

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長野市北部 蚊里田神社。

2014年3月6日

虫は出ましたか?

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 9:34 AM

朝から雪降り、けっこう積もっております。 今日は啓蟄、冬籠りの虫がはい出してくるころだと言われていますが、この雪で虫は影も形も見えませんです。

見えてくるのは・・・・

お腹が空いて鳴きだす腹の虫。    ここで引き下がっては腹の虫が収まらない。    孫が泣き止まぬのは疳の虫。 ご婦人の急にさしこむ癪の虫。    虫が知らせるヤナ予感    虫が好かないキザ野郎。 などなど、一年365日 何かとお付き合いしている虫は多いのであります。

虫の居所が悪いと、お銚子の追加を簡単に却下する居所虫が一番厄介な虫。  歳を取って老獪さが身に着けば、聞こえないふりをして無視いたします。

追加、娘に付くのは悪い虫・・・・なんてね!

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北陸本線 親不知駅 一番手前が鉄路 真ん中が国道8号 最上段が高速道 バックは日本海の三段構え。

2014年3月5日

目を立てる。

Filed under: 未分類 — 土倉製材所 @ 7:01 AM

製材機で使っている帯ノコは巾15cmほど長さは7~8mの帯状の薄い鉄板を溶接してくっつけてリングにしてあります。

ここに大きな刃を数百個つけて材木を縦引きして柱にするのが製材であります。

今、この製材業が衰退の一途で96年に14000あった工場が07年には8000工場に半減しています。

地場産の木材で住宅をとの掛け声は勇ましいのですが、これを製品化する工場が減っている現状をみれば どこかに無理が生じているはず。

実は問題は製材工場の減少の問題ばかりでは無いのです。 製材工場を動かすためには帯ノコの目立てをしなければなりません。

この目立て工場も減少の一途で長野市近郊にあった数か所の工場が閉鎖しており、今お願いしている目立て会社が閉じてしまえばもうお手上げ。

一つの仕事を仕上げるには裾野の広いバックアップがあってこそ成功するのですが、一度斜陽になりはじめると裾野に蓄積してあった技術まで無くなってしまいます。 もったいない限りです。

今日、目立て工場を訪ねたら若い職人が3人も働いていて頼もしく感じました。 是非技術を継承して欲しいものです。

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